『祈り』
恐怖、狼狽、哀しみ、不安、
あらゆるものを一度に抱え込み
うずくまる人
また、立ちすくむ人……泣き叫ぶ人
数多くの、そんな彼等がいるというのに……
不意に襲う
風、雨、波、揺れ、土砂、大木、水、岩……
離れたこの地に居て
電波を伝って入ってくる、ただ四角く区切られた
文明的な画面のそこだけが
部屋の一角で遠い地の非日常的な凄まじさを捉え
視覚から、聴覚から
一方的に通り過ぎてゆく
明りを点け、テーブルを囲み
「大変だねえ、気の毒に」そう言って
滴る煮汁を気にしながら
旬のやさいをおかずに温かいご飯を頬張る
煮汁がこぼれおちることなんて
つま先に小石が当たったぐらいの出来事にも満たないのに
こんなときに、そんなこと……
軽はずみに
「大変だねぇ」なんて、眉根を寄せて言える立場じゃない
たったそんなことじゃない
何もできない
何の力にもなれない
彼らの現状を、彼らの心の中のはかり知れない
ぐちゃぐちゃになった思いを
ここに居て、口先だけでどうすることができよう
なんの助けになろう
私はリモコンのスイッチさえ押せば
そんな映像から逃げることだってできるのだから
その時
「ここら辺りはありがたいことだ、あんな大変な災害は無いけん」
義母の何気ないつぶやきが
私の頭の中の何かを叩き壊した
そうして義母はお茶を啜る
……間違ってはいない……たぶん、でも……
脳天から苦い苦い涙が
絞りしたように滲み出た……自分の手を差し伸べる勇気を持たぬ悔しさと
義母の言葉への複雑な思いに
ただ、黙して……