今、鹿之助は葛藤している。
何にって、くだらないことだ。
買い物に出掛けようか、トイレに行こうか、ちょっと休憩しようか……いや、そこはまずトイレだろう。
なんか、重い腰を上げるのも億劫だし、着替えるのも面倒だし。
なぜだろう、仕事の時はそれなりにシャカシャカ動けるのに(本人は動けているつもり)
家ではそれがなかなかできない。
ん~~~~、とりあえずここはやっぱりトイレ最優先だ。
・・・時間経過・・・
ひとつの選択肢をクリアしたところでさて次は。。。
そりゃやっぱり休憩でしょ。
だってぐうたら主婦鹿之助だもんな。
皆の期待を裏切ってはなるまい( ̄▽ ̄)
あ~~~でも買い物に行くの億劫だなぁ。
車乗り回すのは嫌いじゃないけど、中途半端な距離の、しかも目的が買い物、めんどくさっ!
10年前を遡ってみると、何の理由を作って外へ出掛けようかと企んだり、休みの日も仕事なら良かったなんて思ったこともあったよな。
更にもっと昔、家で幼い子どもたちが待っていて、子どもには会いたいけれど家に帰りたいというのとは違った。
外出したら帰るのが憂鬱で、でも帰らなきゃいけなくて。

うん、「帰りたい」ではなく「帰らなきゃならない」ばっかりだった。
これは天と地の違いだ。
それを思ったら今は申し訳ないほどの自由気ままな日々の多いこと。
なので鹿之助のこんな葛藤なんてぜいたくな話しだ。

「○○しなきゃならない」と
「○○したい」は全く別もんなんだよな。
目的が同じことであっても前者と後者じゃ魂の質が違う。
もうすぐゴールデンウィーク。
先ごろ友人がこぼしていた。
「GWなんて自分には関係ない。普段と変わらぬ日常だ」と。
鹿之助も然り。
この友人曰く
「こども家族がやって来たとしても家の長老さんたちに気を使い、こども家族にも気を使い、休む暇なく動き回らねばならぬ身。むしろ誰も来ない方が気が楽だ」
という意味合いのことを。
とても共感する。
たぶんそう思っている人、五万といることだろう。
彼女の場合ご長老さんと同居なら尚更だ。
子どもたちに会いたいというのと、子どもたちに来て欲しいというのは別問題。
それもよく分かる。
彼女の立場から見れば、今の鹿之助のなんとまぁお気楽なこと。
長老さま方が同居の頃の我が家
「帰りたくない、でも帰らなければならない」
の方程式(?)が存在していたからなぁ~。
顔色うかがう生活はこりごりじゃ。
あぁ、しまった!
またグチってしまった。。。
おっと!
こんな時間になってしまった。
仕方ない、動きたくはないが不本意ながら動くか。
ヨッコラしょっと💦……田舎のばぁちゃん丸出し(^▽^;)
鹿之助のひとり言にお付き合い下さり、感謝いたします。
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